目は見えなくとも」(裁判資料)

 この書面は宮崎地裁に提出されたものですが、証拠資料として提出された全国視覚障害教師の会発行の冊子「目は見えなくとも教師はできる」を引用し、最大限に活用した展開がされています。 必ずや、裁判官のみならず多くの人々に本会の主旨とウルスラ問題の本質をご理解いただけるものと考え、掲載いたします。

- ------------------------------------ -

平成14年(ワ)第146号 休職命令無効確認・賃金支払請求訴訟事件

原告  窪田 巧
被告  学校法人聖心ウルスラ学園
2002年7月15日

第5準備書面

宮崎地方裁判所 民事第2部合議係 御中

        原告訴訟代理人弁護士     清水建夫
           同                成見幸子
           同                成見正毅
           同                野村茂樹
           同                竹下義樹
           同                松田幸子
           同                東 俊裕
           同                瀬戸久夫
           同                西田隆二
           同                相川 裕
           同                渡辺昇一
           同                黒岩海映
           同                田中省二

第1.視覚障害教師の実践記録からの教訓

1.甲第61号証

 「目がみえなくとも教師はできる」(甲61号証)は、全国視覚障害教師の会(以下「教師の会」という)に所属する教師たちによる教育の実践記録である。1997年6月にまとめたものである(111頁)。この実践記録から多くの教訓を得ることができる。以下この実践記録をもとに、原告の授業について考察する。

2.普通科教師の数と学科

 教師の会は、当時、普通科を担当している者だけでも100人以上と推計している(11頁)。教師の会に所属している普通科の教師が60名いて、そのうち20数名が高校の教師である。教科別に見ると、一番多いのは英語で、次が数学である(14〜15頁)。
 筑波大学附属盲学校の高村明良氏は、全盲の数学教師であり、過去に予備校で晴眼者の生徒に高校数学を教え、東京大学等の難関大学に予備校生を合格させた実績をもつとともに、現在では盲学校で高校数学を教え[東京大学を含め各大学の理系に進学させ]ている。同氏は、自らの経験をもとに、数学は非常に論理的な学科なので、教える側も学ぶ側も視覚障害者に適した学科である旨言明している。

3. 1980年以前

 (1) 1980年以前は、中途で視覚障害者となった教師たちのほとんどは、退職を余儀なくされていた。その中には、失意のあまり自ら命を絶った例、また、再起を願うあまり無理をして余病を招き、復帰への願いをいだきつつ病没した例もあった(7頁)。
 (2) 原告や原告の家族も被告による執拗な退職強要、疾患に関する配慮を欠く言動等により孤立し、心身ともに傷ついており、よくぞ今まで耐えているというのが原告代理人のいつわらざる感想である。
 (3) 1980年以前は、視覚障害者が教育職を希望しても、「採用はしない・・・・」と言う話が各地で起きていた。これは、受験願書に添付しなければならない「身体検査表」(公立病院による)に設けられていた視力や聴力の欄に大いにとらわれていたからである。現在ではこれらに関する項は削除されているが、かつてはそのために、1次試験に合格しながらも面接のとき、「これでは採用できない」と通告された例は数知れなかった(7頁)。

4. 1981年以降

 1981年の国際障害者年と、それに続く83年からの「国連障害者の10年」の取り組みが行われた前と後では、かなりの相違が生まれてきた。1978年、リハビリ訓練を受けた中途失明の教師が現任校に復職したのをきっかけに、「職場復帰」の例が次々と現れてきた。さらに国際障害者年を契機に、視覚障害者が教員として新採用される例も実現しはじめ、その後は「現場復帰」はもとより、新採用も次々と現れてきた(9頁)。もともとの障害者の場合でも最初から普通校に勤務する例が増えている(19頁)。

5.職業リハビリテーションは教育現場で行われてこそ良い成果

 (1) 視覚障害教師の教育方法の具体的な技術のほとんどは、教育現場で構築され、確かめられてきた。日常の教育活動の中で模索しつつ、一つ一つを実証してきた。言い換えれば、視覚障害教師がおこなう指導の手だての研修は、現場活動の中にある。この教育方法(リハビリテーションを含む)の開拓は、その本人だけの力で進めてきたものではなく、現場の同僚や生徒たちとの“かかわり”の中に成立してきた。
 よく耳にする「授業ができるようになるまで別のところで訓練研修を・・・・ 」という考え方は適当でない。職業としてのリハビリテーション(研修)は現場でおこなわれてこそより良い成果が得られる(15頁)。 (2)
 本件休職命令は「当法人は、貴殿に対し、第2項の休職期間中、職業リハビリテーションに専念し、高等学校数学教師としての十分な労働能力の回復に努めることを求める」としているが(甲第15号証5)、原告の教師としての職業リハビリテーションは本件高等学校の教育現場において生徒や他の教師とのかかわりの中で工夫し、積み重ねるものである。本件休職命令は教育現場を離れての職業リハビリテーションを求めるもので、無意味である。

6.教育経験の再発揮

 (1) 視覚障害教師たちは、経験年数の差こそあれ教育経験者である。障害者になったからと言って、それまでに培われた指導力がすべて失われると言うわけではない。その経験は十分に保たれている(13頁)。
 (2) その意味では、原告の数学教師としての26年間の実績・経験は、本件高等学校にとっても貴重な財産である。
 (3) 被告が問題視する板書にしても、原告は現在のところほとんど問題なくこなせている。仮に眼疾患が進行して全盲となったとしても、全盲の教師は経験にもとづき板書ができている。現に甲61号証で紹介されている教師は全盲でありながら板書している。26〜27頁記載の用具を使用することも可能である。
 生徒に字が重なっていたり、間違っている時は指摘して欲しいと言っておけば、生徒は、「先生、重なっている」「先生、その字は違います」とすぐに指摘してくれる(40頁)。生徒に視覚障害によって不十分な点を予め説明し、生徒の協力を得ることで、ほとんどの問題は解決される。

7.障害のある教師は教育上プラスの存在

 (1) 教育というものは物品生産ではなく、さりとてサービス業でもない人間の「育つ」ことを導くものであり、それは、人と人のかかわりの上に成り立つものである。障害者となってもそれを乗り越えて立ち上がる姿は、教育に与える影響大なるものがある。障害によって新たな人間関係が、生徒たちとの間に織りなされることが、現在の教育の場における新たな展望の一つともなり得る(14頁)。
 (2) 生徒も小・中・高校の年代に応じた障害者観を持っている。そして、その障害者観が、障害を持つ教師との日常的な交流によって是正され、正しい人間観へと発展していくならば、教師の側のいわゆる「障害」は、決して教育実践の障害とはならない。
 それどころか、今日の学校の現状を考えるとき、障害を持つ教師の存在は、むしろプラスの役割を果たす。人間同士の信頼関係というのは、決して一方的な関係ではない。生徒から信頼される教師とは、同時に生徒を信頼する教師でもある。この相互の信頼関係は、お互いの人格を尊重し、人間性を認め合うことによって成立する。民主主義はここから出発する(86頁)。
 (3) さまざまな個性を持つ生徒がそれぞれの条件に応じて、この資質の開花と豊かな人間性の実現を保証されなければならない場が学校である。生徒の集団には障害をもつ子どもと障害をもたない子どもが混在しているのが正常な形である。教師の側にも同様なことが言える。教師集団にも、障害をもつ教師と障害をもたない教師とが存在しても不思議ではない。生徒の側と教師の側の両方に民主的な条件が備われば、民主的な学校として民主的な教育実践がおこなわれていくことになる(86〜87頁)。
 (4) 全盲の教師長井仁氏(新潟県。私立加茂暁星高等学校教諭)は、障害を持つ教師を各学校に少なくとも一名は配置することを制度化するよう提案している。白杖を持つ教師や盲導犬を連れた教師、車いすの教師が学校で日常的に生徒と一緒に活動し、他の教師と対等に協力し合っている姿は、生徒の人間性の成長に大きな影響を与える。障害者の労働権の保障と教育荒廃の克服との両面から民主社会の発展に寄与できる(92頁)。
 (5) 長井仁氏は、「私が、失明後復職して痛切に感じたことの一つは、以前の私には、いかに生徒の真の姿が見えていなかったかということでした。受験体制と管理主義との桎梏のもとで傷つき、歪められている生徒の心(生徒自身も自覚していない場合が多いのですが)に本当に気がついたのは、障害を持つ教師として教壇に立つようになってからのことでした。
 一見、平穏で穏やかに育っているかに見える生徒の心の奥に潜む歪みや挫折感に気づいたとき、教育荒廃の根の深さ、その傷痕の大きさにがく然とする思いでした。教育荒廃は決して一部の「困難校」や「問題生徒」だけの問題ではなかったのです。」と述べている(92頁)。
 (6) 同教師は、「ピアスや化粧、スカートの長さは視覚障害教師である私には見ることはできません。しかし、外見にとらわれず生徒の心の動きを見ることは私にもできるのです。
 視覚障害教師として『心が見えてくる』教育を追求してきた私の小さな例ですが、生徒と教師、教師と教師とのこのような関係は、教師集団を成長させていくポイントでもありましょう。相手の心が見えるようになるには、まず私が自分の心を開かなくてはなりません。相手が心を開かなくては、その心の素顔は見えてこないのです。
 教師が自分の心を開く、それに応じて生徒が心を開いてくる、そして、生徒の心が見えてくることによって、教師は自分の心を再発見するのです。生徒の心を率直に誠実に受け止めるためには、教師の心は生徒に対しても他の教師に対しても、解放されていることが必要でしょう。」と述べている(89〜90頁)。

8.生徒たちとの信頼関係(生徒の協力)

 (1) 教師の活動の主たるものは授業である。それは、生徒との信頼関係が深まれば深まるほど展望が開かれてくる。それにはたえず授業の工夫をすることと、生徒たちのコミュニケーションの工夫が必要である。言い替えれば、生徒たちを『いかにして授業にかかわらせるか』ということになる。実際の行動によって彼らをそこへと引き込んでいくことが大切である(64頁)。
 (2) 授業の流れの中での資料の提示は、教師自身の手でおこなえるものもあるが、できれば生徒たちの手を借りるようにすることが方法の一つになりうる。それが彼らのとの接点の広がりへと発展しうるからである(29頁)。
 (3) プリントの原文を口述して生徒に代筆させプリント原稿づくりをする教師もいる。様式などをふくめ、具体的に指示すればさほどむつかしいものではない(64頁)。
 (4) 文献の読みとりも生徒に手伝ってもらうことでもできる。それらに当たる生徒たちを特定しておくよりも、不特定多数に呼び掛けるようにしたほうが良い(65頁)。
 (5) 移動する際に生徒たちに手を引いてもらうことは、生徒たちとの人間関係を広め、深めるには最適な手段である。指導時のみならず、日常、特に登下校の際などで行われるようにする。初めの頃は1人か2人かもしれないが、日を重ねていくうちに、それも毎日続けるようにすれば、同行する生徒たちの数が次第に増してくる。そうすれば、彼らとの話題の範囲が広がってくる。授業中ではなく違った雰囲気の中で自然に指導できることもある(65頁)。
 (6) このような視覚障害教師と生徒たちとのかかわりは、他の多くの生徒たちの見るところとなるし、また知るところともなる。そして、それは学校生活になんらかの影響を及ぼす。授業はその延長線上にある。そして、生徒たちの間になんらかの意識が広がり、それが彼らの中ではぐくまれていく。すなわち、人間教育の一端がそこに展開される(66頁)。
 (7) 被告の理事長は、平成13年2月13日原告に対し、「障害をもった状態で生徒の前に出すのは気恥ずかしい。生徒はいわばお客さんである。こういう状態になって自分から身を退く気になれなかったのか」と述べた(甲31号証2頁参照)。被告は、原告が復職するに際して、生徒をお客様扱いし、障害のある教師を生徒の前に出すのは気恥ずかしいという教育観をあらため、むしろ障害のある教師と生徒や他の教師がともに協力しあって学校教育を進めるよう要望する。

9.授業時間数の軽減

 (1) 「時間数云々」とは、中学、高校における教科担任の場合を指す。教科担当時間数を「視覚障害教師側も平等に」と言うことになると、かなりの過重労働になる。
 教職にあって「あき時間(授業がない時)」とは休憩時間ではない。この時間に授業準備や資料研究、校務処理をおこなうこととなっている。視覚障害教師も同様である。ハンディをかかえての作業に要する時間は「校内平均あき時間」よりかなり多くを必要とする。
 そこで、このオーバーする時間を授業時間の「軽減」によって対処することが考えられる。視覚障害教師に対する「時間軽減」は「勤務軽減」ではない。むしろ「勤務保障」とも言うべきものである(17頁)。
  (2) 視覚障害教師による教育研修会を積み重ねていくうちに、「時間数軽減の問題」の必要性が明らかになってきた。そして、現在、学校当局などがこれを選択しようとしている。(軽減時間の対策として、高校では非常勤講師を、中学校では退職教員を嘱託講師として別に採用している。)(18頁)
 (3) 被告は第1次仮処分事件において、「債務者の和解についての考え方」を裁判所に提出し、次のように提示した(甲第11号証)。「債務者は、前号の研究授業の結果、債権者に、平成15年9月1日から同16年3月31日まで(2学期および3学期)の間、生徒への通常の数学の授業を、他の数学教師と同時間程度担当させる。」「債務者は、債権者に対し、通常の教師が担当する校務と同程度の校務に従事させ、債権者の校務遂行能力を検証する。」
 被告は、視覚障害者たる原告の「勤務保障」のため、授業時間数の軽減等の配慮を行うべきであるが、甲第11号証は配慮を何一つ行わないことを意識的に示している。

10.生徒と教師の交流

 視覚障害教師は生徒との交流を次のように述べている。

 (1) 馬場洋子(神戸市立神港高校教諭、教師2年目)
  この学校に来て感じていることは、生徒は思っていたより自然に私を受け入れてくれたということです。生徒に声をかけられるということは何よりも楽しみであり、励みになることもあります。私が点字をスラスラ読んだり、杖を持って調子よく歩いていたりすると、それだけで生徒たちは興味をひかれ、感心して見ています。
  ある時、職員室に入ってきた4人の女生徒が珍しそうに私の点字板を見ていたので、その子たちに自分たちの名前の書き方を教え、その後でその紙を切って記念(?)にあげたことがありました。
  また、今年度の最初の授業のことでした。震災後建てられた仮設の校舎に行くのにまだ馴れていない私が、生徒たちに手引きの協力を求めたところ、さっそく次の時間に3〜4人がきてくれました。友だち同士ですから、「○○チャン!階段言うてあげなあかんや・・・・」などと言いながら引っ張っていってくれました。
  なんと言ってもまだ10代の彼等です。「障害者にはこう接しなければ・・・・」などとむずかしく考えないのが私に気楽さを感じさせ、落ち込んでいる時などには、かえって元気を取り戻させてくれることがあります。(67〜8頁)

 (2) 生井良一(嘉悦女子短期大学教授、理学博士)
  まず年度初めの授業での学生たちとの出会いからです。今ではそんなことは全くなくなりましたが、最初の何年かは私が教室に入っていくと、彼女たちは目の見えない私の姿を初めて見てびっくりしたものでした。中には「かわいそう」と言う学生もおりました。そこで私は、彼女たちを安心させるためにハッスルしました。例えばロングヘアーの学生も多いので、髪の毛の構造を図に書いて説明したり、冗談を言って笑わせたり、あるいは目の見えない私の日頃の生活の話をしたりしました。そうすると、時間の終わるころには彼女たちもリラックスして、私に打ちとけてきました。これで出だしは成功です。(38〜9頁)
  授業が終わると何人もの学生が教壇のところにやって来て、私に犬の話やら授業の話やら何かと話題をもちかけてきます。犬も皆に取り囲まれてうれしそうにしています。盲導犬が教室にいることで教室の雰囲気が一味違ったものになったように思います。(76頁)
  私のゼミでどこかに見学に行く時など、私の盲導犬が先頭に立って歩き、その後を学生たちがぞろぞろとついて来るといったことがしばしばです。このようにして、いまでは犬と一緒に学生たちと教室にいる時が、私にとって一番楽しい時となりました。(77頁)
  これまでを振り返ってみますと、私は学生によって鍛えられ、学生たちによって自信をつけてもらったのだという思いがして、今は学生たちに感謝しています。(53頁)

 (3) 春木正三(私立高校教諭)
こんなことがありました。いわゆる「大きな顔」をした生徒が1人いて、あらゆる形で反発と挑戦を繰り返し、そのため、あやうく授業が大混乱しかけたのです。そこで私は、自分の生きてきた経験などを話したりして、生徒たちの前に自分をさらけ出すようにしました。私自身の高校時代、視覚障害の先生に授業終了の時刻を偽って早く終わらせてしまったこと、教師を目指したのは、その先生の意思を受け継ぎたかったからだということなども話しました。そして最後に、「みんなが形を変えてしんどいものを持っているけれど、決して現実から逃げてはならない」と強調しました。
  その生徒は私の言葉を受けとめてくれたのでしょう。「先生、これからは一緒にがんばろうね」と声をかけてきたのでした。(73〜4頁)
  一生懸命にしてよかったことは、「質問コーナー」が想像以上に活用されたことでした。中には、個人的な生き方にかんする問題や自分の悩みなどを書く生徒たちもいました。私も、「乏しい経験ではあるが・・・・」と前おきして自分の意見を書きました。その成果があったのか、生き方に関する小論文に「視覚障害のある先生から、生きていく強さを学んだ」と書いた生徒があったと、同僚の先生から聞かされました。(75頁)

11.ボランティア、職場介助者

 (1) 「対面朗読」と「テープへの録音依頼」が必要な場合に、これを同僚または校外のボランティアに依頼することになるが、同僚の間で行おうとすると、職員組織の上で少々無理が生じる。そこで勢い、校外のボランティアに協力を依頼せねばならなくなる(23頁)。
 (2) 中学生以上の生徒ならば、彼等がその代わりを果たしてくれる場面がかなりあり得る(24頁)。生徒は頼りがいのあるボランティアになりうる(98頁)
。  (3) 25頁のボランティアの校内導入例は、数学科の例で、ボランティア2〜3名(校区の社会福祉協議会所属)を学校より委嘱し、1コマ約2時間を目途に4回を基準とし、それ以上は随時設定。指導書、補充教材資料の読み取り、学習プリントの原稿作成、指導文献の読み取りを行ってもらっている。
 (4) フォロー体制を職員組織内に位置づけているケースが25頁の下段に記載されている。
 (5) 障害者の雇用の促進等に関する法律にもとづく職場介助者の制度も利用するべきである。これを利用すれば、職場介助者を配置したときは、助成率4分の3、支給限度額一人あたり月15万円、支給期間10年間という手厚い助成がなされる。仮に職場介助者に20万円を支給した場合、事業主は5万円を負担するのみですむ。配置する職場介助者は同じ職場の教師・職員でもかまわないので、被告が原告のために配置してもほとんど負担にならない。職場介助者の配置ではなく委嘱を選択する場合には1回1万円まで助成され、年150回まで利用できる(甲第51号証、9頁)。
 (6) 雇用主は障害者の雇用の環境を改善し、障害者が安全に安定して働けるような環境となるよう配慮する義務がある。被告がこのような助成制度を利用すれば、ほとんど痛痒を感じない程度の負担で原告は安定した職務を遂行できる。

12.機器の活用

 (1) 機器の活用は甲第61号証では10頁に記載されているが、甲61号証発行後視覚障害者をサポートする機器は急速な進歩を遂げている(甲第49・50号証)。これについては、中途障害者を引き続き雇用する事業主に対する助成制度である「障害者雇用継続援助事業に基づく助成金」を利用することができ、3分の2が助成され、中途障害者1人につき450万円まで助成される(甲第51号証26頁)。
 (2) 原告はこれまで拡大読書器や音声変換パソコンを自費で購入してきたが、被告がこの助成制度を利用し、購入すれば3分の1の負担ですむ。被告は、本件高等学校のために27年間尽くしてきた。原告が眼疾患に罹患したことに対し、配慮が全くないといわなければならない。

13.目が見えなくとも教師はできる

 甲第61号証の本の題名どおり、正に「目が見えなくとも教師はできる」ということが明白となった。視覚障害教師をとりまく生徒や他の教師のほんのちょっとした協力でほとんどの問題が解決され、そのことが学校教育に、マイナスどころかおおいにプラスに作用している。
 原告の場合は一定の視力があり、甲第61号証で紹介された教師の方がはるかに重度である。原告はもともと生徒の人気の高い教師である。原告が本件高等学校に復職し、生徒や他の教師とともに協力しあって教育を進めることは、本件高等学校の生徒にとっておおいにプラスに作用することは明らかである。

第2.就業規則17条3号について第2次仮処分事件における被告の主張

 1.本件休職命令の無効を原因とする第2次仮処分事件(貴庁平成14年(ヨ)第66号)の第1回審尋期日が6月10日午前11時20分に開かれた。担当裁判長より被告に対し、休職事由に関する被告の主張が不明瞭であり、よくわからないので、主張を補充し、明確にするよう指示があった。

 2.その結果、被告が提出したのが平成14年7月5日付の被告(債務者)の準備書面(2)(甲第62号証)である。

 3.甲第62号証においても被告の主張は、あいまいであり、意味不明である。原告の給与を80%カットし、賞与を全額カットするという著しい不利益を与える本件休職命令を正当化する「特別な事情」(就業規則17条3号)は何ら主張・立証されていない。

 4.被告の主張は裁判所の釈明に対し、従来の主張を繰り返すのみで新たな主張は何もない。被告は、「原告の眼疾病は治療により回復するものではない」「したがって原告について休職を考える場合、私傷病休職と同様に一定期間の欠勤を前提にしなければならないとすべき理由はない」と主張している(5頁)。しかし私傷病休職は「治療又は回復すべき疾患」のみを対象とするものではない。原告の疾患は中途視覚障害としてはごくごくありふれた眼疾患であり、他の疾患との特異性は何もない。多くの労働者がこの眼病で必要に応じ、私傷病休職をとっている。

 5.被告は、「原告が求めていた職業リハビリは身体機能の回復ではなく、数学教師としての職業能力の回復であった」「このような職業リハビリを行うために、解雇猶予目的の休職制度を活用しようとする場合、私傷病休職について就業規則に規定されているような、休職に先立つ一定期間の欠勤が必要とされるものではないことは明らかである。」と主張している。
  私傷病休職は、原因が私傷病を原因とする休職を指し、休職の際に治療行為を受けるか、医療リハビリテーションを受けるか、職業リハビリテーションを受けるかを問うものではない。復職に向けて何を選択するかは労働者自らが決定することである。雇用主が休職中に何をするべきかを指定する筋合いのものではない。本件においても休職命令を出すのであれば、休職の必要性、期間、休職中に行うべき内容について、原告の意思を尊重して行うべきである。原告の意思に反して行えば、実質的には解雇と変わりがない。

 6. 17条3号を主張するのであれば、審理の争点は、著しい不利益を与えることを正当化する「特別な事情」(就業規則17条3号)が存在するか否かである。ところが、被告は今日に至っても「特別な事情」を明らかにできない。休職事由に関する主張・立証責任は被告にある。休職事由が明らかにされていない現状を踏まえて、審理を促進していただきたくお願いする。

                                                以上

- ------------------------------------------------------ -

文中の[ ]の記述は本ホームページ編集者が事実に沿って補充しました。

ここに引用の冊子「目は見えなくとも教師はできる」は各地の図書館にあるほか、西宮市立点字図書館には吹き込まれたカセットテープがあり、各地の点字図書館から取り寄せることができます。
また、入手ご希望の方は、定価2000円(送料別)です。下記へお問い合わせください。
「目は見えなくとも教師はできる」編集者 三宅 勝
電話: 0798−36−2895

* * *

ウルスラ問題の目次へもどる
トップページへもどる