(この文書は2002年2月3日に窪田さんの代理人である清水建夫弁護士によって書かれたものを氏のご了解を得て掲載させていただきます。
清水先生はウルスラ問題の早期から、この問題の社会的重要性に着目され、そのために自ら膨大な時間と労力と経費を負担して奔走してくださっています。
この場を借りて、先生の並々ならぬ5労苦に対し、また、清水先生の呼びかけに応えてくださった弁護団の諸先生方のご協力に対し本会として深く感謝申し上げます。
全国視覚障害教師の会代表 有本圭希)
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仮処分申立後四ヵ月で解雇撤回を勝ち取り、給与・賞与全額を支払わせたが、学校側は撤回と同時に新たに不当な休職命令を出して復職を拒んでいる。
宮崎県延岡市にある聖心ウルスラ学園高等学校の教師窪田巧さんは、眼疾患によって視力が低下したという理由で解雇された。
窪田さんは、二七年前同校の校長(当時)から強く請われて、大学卒業と同時に延岡市に移住。以後二六年間にわたり、同校の数学教師として尽力してきた。視力が低下してからも、拡大読書器等を活用することにより低下した視力をカバーしながら、ひとりひとりの生徒にそった授業を行ってきており、人望厚く、生徒の評判の高い教師である。
この学校の理事は、2000年12月頃より、「耳は悪いし、目も悪い。何ができるか自分でさがしなさい」「障害をもった状態で生徒の前に出すのは気恥ずかしい」などの言葉を窪田さんに浴びせ、自主退職を迫ってきた。2001年3月に発表された2001年度の校務分掌で、窪田さんは、校務担当なし、授業の持ち時間なしと告げられた。
それ以後も「授業は健常者にやってもらう」「あなたは教員としての資質に問題がある。あなたの目は進行性だから危険です。お辞めになって療養することを勧めます」「依願退職を三月三一日までに出しなさい。それがあなたにとっていいんだ」などと言われ続けたが、窪田さんは、「やめません」と言い続けてきた。 2001年度になっても、「始業式に生徒の前に顔を出すな」「心身に障害、あなたは身、つまり身体に障害が生じて業務に支障がある。これで十分解雇できますよ」「『依願退職』をとるか、『残るなら解雇』の二つに一つを選択せよ」等、理事側の嫌がらせは続いた。
6月に理事側は、@解雇する、A嘱託として再契約して職種変更、給料減額、B依願退職して退職金上乗せ、という三条件を提案し、選択を迫ったが、窪田さんはこれを拒否。窪田さんがリハビリのための休暇を申し出たことについて理事側がこれを拒否。
7月26日に学校法人は解雇通告を窪田さんあてに送ってきた。
事件番号 宮崎地方裁判所平成一三年(ヨ) 第一二四号
債権者 窪田巧
債務者 学校法人聖心ウルスラ学園
解雇される前から全国視覚障害教師の会が窪田さんを支えていた。同会は不当解雇であることをマスコミに訴え、地元のマスコミは窪田さんに同情的な報道をしていた。ただ、学校側の態度は変わらず、同会としても手探りの状態だった。その上、当初窪田さん夫妻は、見通し、費用の面から裁判をためらっていた。
私が昨年六月タートルの会(中途視覚障害者の復職を考える会)の総会で講演したことがきっかけとなって、東京の視覚障害教師の方がある記者に働く障害者の弁護団のことを話し、その記者から地元マスコミの女性記者に伝わり、8月6日に私は、窪田さんと話をすることができた。
電話とメールでやりとりする中で、“これはひどい事件だ”と思い、8月17日、18日と延岡に飛び、事実調査をした。
その結果、不当解雇であり、勝訴することを確信し、窪田さん夫妻に裁判を勧め、費用についても窪田さんの大きな負担にならないよう配慮することを伝えた。二人とも「よろしくお願いします」ということになった。
私はこんなひどい事件は学校法人の理事の側でも反対者がいるにちがいないと思い、理事全員に、ミッション系スクールとしての建学の趣旨に反するし、少子化の時代にこんなことをしていては生徒も集まらなくなるから考え直したらどうかと内容証明郵便で呼びかけた。学校側弁護士と理事長(シスター)、事務長(シスター)に福岡で会ったが、撤回の意思がない旨の最終返事が9月8日に届いた。
それなら思いっきりやろうと思い、障害者の人権確立に熱意のある全国の弁護士11名で本件の弁護団を結成した。9月25日に宮崎地方裁判所に対し、@解雇無効による労働契約上の地位の保全、A解雇無効による賃金請求権を保全すべき権利として、仮処分の申立を行った。
本件の弁護団には、全盲の竹下義樹弁護士(京都弁護士会)、身体障害者の東俊裕弁護士(熊本県弁護士会)等障害のある弁護士三名が参加した。また別の二名の弁護士は別件で視覚障害者の訴訟等を担当していた。また成見幸子弁護士を始め地元宮崎県弁護士会の四人の弁護士も積極的に参加した。私たちは学校法人側よりもはるかに強力な弁護団を結成することができた。
学校法人側は、窪田さんの視力低下を解雇の唯一の根拠としており、一貫して医学的な面での「視力回復不能」にのみ着目し、「身体の障害によって業務にたえられない」と断定している。
しかし、「視力低下=教師としての能力低下」ということではない。窪田さんは、数学教師としての二六年間の豊富な経験をもっており、視力低下については、拡大読書器等の情報支援ツールを使った事前の教材研究、また生徒との信頼関係などにより充実した授業を行っていた。
このことについて、多数の教え子の陳述書や窪田さんが黒板に書いている状況を撮影した写真などを証拠として提出した。
結局窪田さんを解雇する理由は全く存在しないことが明白になってきた。
様々な個性をもった人を育てるという点に教育の大切さがある。障害をもちながら教壇に立っている教師は多い。生徒と全人格的に関わり、生徒の精神面の成長においても、障害のある教師が働く姿は多くの教育の場で生徒にとっても励みとなっている。障害のある教師が働くことは、マイナスではなくプラスの面が大きいにもかかわらず、学校法人側はこのことを理解する姿勢を基本的に欠いていた。
障害のある労働者に対し、事業主は職場環境の改善義務を果たさなければならない。窪田さんのケースでは、視覚障害者のための機器購入や職場での介助者に関する費用について、公的な助成金の利用が想定できる。しかし、学校法人側は、窪田さんの雇用継続に必要な改善を何ら努力することもなく解雇しており、この面からも解雇は無効と言えた。
昨年11月27日に第一回審尋期日がもたれ、本件弁護団は窪田さんが数学教師として職務を果たせることをほぼパーフェクトに立証した。当日裁判官が事前に争点整理をし、双方に釈明した。
その際学校法人側は@解雇事由の立証責任は使用者側(学校法人側)にあること、A解雇理由は視力障害以外にないこと、B一般論として視覚障害=教師としての能力喪失と言えない、という点を認めた。裁判官は窪田さんの教師としての能力があることについて、争点整理文書の中でそれなりの立証がなされていることを示唆した。
本年1月15日までに学校法人側はこれについて反論をし、その上で二一日に審理を打ち切り、裁判所の判断が出されることになっていた。
これは解雇は撤回するが、解雇時にさかのぼって休職を命じ、休職期間は解雇から二年間とし、その間の給与は二〇%しか払わないというもので、解雇が休職命令に変わるだけのものである。休職制度、特に私傷病休職制度は、本来労働者の健康保護のための制度であり、労働者の希望・意見を聞いた上で行うべきものである。
窪田さんは解雇を迫られた昨年七月頃リハビリのため休職を申し出たことがあるが、その後自発的に歩行訓練、パソコン講習、点字講習等を受け、現段階で休職してまで職業リハビリテーションを受ける必要性はない。
その上、この和解案で許し難いのは、研究授業と称して、窪田さんのあら探しを行い、ビデオ撮影を行おうとしている点である。
学校法人側は仮処分手続で窪田さんの解雇理由を見つけだすことができなかった。
2年間も休職扱いにしておけば、窪田さんの視力障害が更に進行すると見込み、研究授業で窪田さんの欠点探しをして解雇しようとするものである。現に検証の結果解雇することがあることを明記している。
1月21日の第二回審尋期日でその不当性を裁判官に述べ、別紙2のとおり当方の和解についての考え方を示した。
学校法人側は裁判所の判断から逃れたい一心から、和解が成立しようがしまいが解雇を撤回し、休職命令を出すと表明した。
窪田さんは視力低下のみを唯一の理由として解雇された。これを許すと障害のある労働者はどんどん職場から排除されるであろう。その意味で本件の帰すうは全国の障害のある労働者に重大な影響を及ぼすものである。
仮処分申立をした以後多数の障害のある労働者や障害者団体から、窪田さんや弁護団に励ましをいただいた。また、この事件が知れわたる過程で、同様の状況に追いこまれつつある障害のある労働者からの相談が増えた。
私たちは窪田さんの完全復帰を勝ち取るまで手綱をゆるめず、闘っていくつもりなので、今後とも引き続きご支援をお願いしたい。
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