日本教職員組合「全国教育研究集会」参加報告

三宅 勝

 上記の研究集会は2002年1月26日〜29日まで、宮崎市で開催されました。
私は当会を代表して、28日、第14分科会「障害児(者)教育」部会に出席し、一般団体を含む教育関係者からの発言として、「人権問題」の場でウルスラ問題を報告しました。 5分間という限られた時間内ではありましたが、あらかじめ資料として配付されていたウルスラ問題の経緯に最新の動きを付加し、次のように報告しました。

 各障害者団体から「解雇撤回、教壇復帰」の署名運動に協力を得、また地元においては卒業生から、「よく分かる授業であった。視力が低下しつつも授業に工夫をされていた‥‥」などの多くの証言を受け、また市民の支援をいただいた結果、学校側から「解雇撤回」の答弁を受けるにいたった。  

 しかし、学校側は解雇を撤回するといいながら、付帯条件で、「解雇の日に遡って向こう2年間の休職を命ずる。休職期間の後授業能力を『検証』する。合格すれば、約半年数学科教師の立ち会いのもと、授業を行なわせ、学校側は随時これを参観し、年度末に良否判定を行う。その結果、『否』ならば職種変更あるいは解雇する」という。 これは障害者排除の姿勢をあらわにしたものであり到底認めることは出来ない。
 視覚障害教師の会としては、「2002年4月から授業に登壇。この職務遂行のための諸器具の整備。持ち時間数は担当教科会に、また校務分掌は全職員合議の場で検討すること」と主張し、現在学校側と対立している。

 このような学校側の態度が罷り通るならば、現在働いている障害者の存在を振るいに掛ける事例を許すことであり、いま各地で学習している障害児(者)の進路に重大な悪影響を及ぼすこととなる。
 これに対して場内からは激励の拍手がありました。

 その28日の夜の連絡で、ウルスラの理事者側から新たな答弁書があり、「本年1月末までの賃金および賞与を支払う。そして、2月より7月末まで休職を命ずる」という内容でした。

 これを受けて、翌日の29日における総括討議の冒頭で次のように報告しました。

 賃金の支払いは当然のこと。しかし、本人へ何の連絡もなく一方的に休職を命ずることは認めることはできない。 また、授業の「検証」という言葉は文面にふれていないとしても、差別の姿勢は残されている。我々は学校運営の民主化、すなわち障害のある教員も障害のない教員も共に勤務を遂行できる開かれた職場づくりを。そして、生徒には心の教育、つまり学校にあっては共に学び合い、社会においては互いに認め合い、共に生きることを学べるような基本的教育指導体制を整えることを学校に求める取り組みをしていかねばならない。

 そして、これまでの支援に感謝の言葉を述べました。会場からは我々「全国視覚障害教師の会」の取り組みを支える大きな拍手が沸き起こりましたが、これから予想される障害者排除のハードルを乗り越えるには、視覚障害教師の会が中心となって訴え、より多くの団体、個人の方々の強い支持の輪を広げることの重要さを痛感しました。

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