SP盤的文献紹介
「レコードと五十年」

森垣二郎著



河出書房新社、昭和35年、266pp




我が国レコード産業創成期から活躍した著者の証言が記述された、極めて貴重な文献で
す。装幀は伊東深水

明治17年生まれ、大正5年日本蓄音器入社の著者が、裏話を含め邦楽のレコード製作
にまつわる体験談を随筆的に綴ったものです。 今で言う、レコーディングディレクタ
ーに相当する仕事に携わった著者ならではの内容が展開されています。



内容を御紹介しましょう。

大きく三つの内容に別れています。


「レコードと五十年」

出張吹込盤に関してはさらりと触れるに留め、著者が実体験した純国産レコード
産業創成期、すなわち「国内で吹き込み」「国内でプレス」を始めた頃からの逸
話集です。

録音技術上の苦労話や営業上の裏話などがちりばめられています。レコードが急
激に大衆化した当時の世相風俗がしのばれる内容です。

録音(吹き込み)すると寿命が縮まるとか、印税という習慣が無く報酬をなかな
か受け取ってもらえなかった話など、現在からは想像しえない出来事があったそ
うです。


「邦楽レコード今昔物語」

ここでは邦楽の各分野別に当時の大家のありようや、芸風が述べられています。

鬼籍入りした芸術家がどのような人物であったかを知るために、我々は「人名辞
典」等を頼りに調べるのが常です。しかしそこに述べられているのは客観的と言
う名の、具体性に欠けた「事実」である事が多いように感じます。本書のような
判りやすい記述はとてもありがたく、かつ面白いものです。


「名家うら話」

今でこそ口にする事もはばかれる、名門名家の人物像をかなり危なげに、しかも
サラリと書いてしまう著者には敬意を表します。 一言で言えば「艶聞集」とい
った内容です。

もちろん戦前の話ですから、玄人女性が登場します。 さらに素人のお弟子さん
に芸の稽古は言うに及ばず「夜の稽古」までつけてしまったことなどを綴った文
面は、名門御家元の下半身の人となりをしのばせる格好の資料と言えましょう。


「邦楽人名録」

今からは想像も出来ませんが名演奏家の住所録が付録にあります。当時はこれを
見て悪戯をするような人はいなかったのでしょう。これだけでも貴重な資料で
す。研究者の皆さんにとっては御遺族を訪ねる際に有効なツールとなる事は間違
い有りません。



ディスコグラフィーとしては「珍品レコード」に山口亀之助師の記した項があります
が、「資料」としてだけではなく、国産レコード産業創成期に関する数少ない読み物と
して、邦楽愛好家以外にもお薦めできる貴重かつ面白い文献だといえます。


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